Topics 01「国際会議ICESS-16に参加して」

国際会議ICESS-16に参加して
朝倉⼤輔
産業技術総合研究所 省エネルギー技術研究部⾨
2025 年7⽉20⽇(⽇)から7⽉25⽇(⾦)にかけて、⽶国カリフォルニア州バークレーにおいて「The
16th International Conference on Electronic Spectroscopy and Structure (ICESS-16)」 が開催されました。
ICESS を直訳すると電⼦分光・電⼦構造に関する国際会議となりますが、主に放射光X線(特に軟X線)
分光を⽤いた固体物理、物質科学、固体化学、原⼦分⼦分野など多岐にわたる系の電⼦状態や構造等の物性
研究をターゲットとしており、第1回の1971年から続く歴史ある会議です。私個⼈としては、2012年の
第12回(フランス、サン・マロ)、2023年の第15回(フィンランド、オウル)に続く3回⽬の参加となり
ました。今回のChairは⽶国Lawrence Berkeley National Laboratory (LBNL)の放射光施設Advanced Light
Source (ALS)の Eli Rotenberg ⽒が務めました。各⽇とも朝⼀番に2件のPlenary talkが、午前後半より2
つの会場に分かれてParallel session が組まれました。⼀部例外もありましたが、概ねParallel sessionは⼀
部屋が磁性、強相関電⼦系などの"物理寄り”に、もう⼀部屋が界⾯科学、触媒や原⼦分⼦分野などの”化学
寄り”の構成になっていました。いずれのセッションにおいても、所々に⼤学院⽣を含む若⼿研究者の講演
が組み込まれており、登壇者にとって⾮常に良い経験になったことでしょう。また、2⽇⽬と4⽇⽬の⼣⽅
にPoster session が⾏われました。
私は2010年代に軟X線吸収分光の実験やディスカッションで何回もALSを訪れていたため、コロナ禍を
経ての久々のバークレー訪問も⾮常に楽しみにしておりました。会場はLBNLの敷地内ではなくバークレー
市の海沿いに⽴地するDoubletree Berkeley Marina Hotel by Hiltonでしたが、後述のようにALSを訪問す
る機会があり、会場からLBNLまでのバークレー市街地とUC Berkeleyの⾵景も含めて、コロナ禍前と変わ
っていない所/変わった所を⽬にすることが出来て感慨深かったです。サンフランシスコ近郊は夏でも⽐較
的涼しく、特に今回は⽇本の猛暑と⽐較すると天国のような、最⾼気温が20℃を切るような冷涼な⽇々が続
き、とても快適な気候でした。
さて、会議初⽇の7⽉21⽇はEli Rotenberg⽒とLBNLのZahid Hussain⽒( 本会のInternational Advisory
Board)からのOpening Talk に始まり、University of Chicago のGiulia Galli ⽒とFritz-Haber-Institute の
Bernd Winter ⽒によるPlenary talk がありました。Galli⽒の講演は第⼀原理計算に基づくComputational
Spectroscopy の内容、Winter ⽒の講演は液体ジェットを使った⽔溶液系試料の光電⼦分光の内容でした。
前者は光化学も対象とした含蓄に富む内容であり、分光研究における理論・計算科学の重要性を再認識でき
ました。後者は液系試料における分⼦間の相互作⽤の解明を⽬的としていて、私⾃⾝の最近の研究テーマの
ひとつに近い内容であったため⼤変参考になりました。その後、午前午後とも私は界⾯科学のセッションを
聴講しました。純粋な溶液科学や⽐較的応⽤に近い触媒試料など様々な系の研究内容が紹介されましたが、
中でも興味深かったのは、University of Wisconsin, MadisonのPupa Gilbert⽒による光電⼦顕微鏡(PEEM)
を使った原始⼈の⻭の研究です。PEEM による電⼦状態分布の観測からエナメル質の misorientation 等を
⾒極めることで、その⻭の持ち主が⾁⾷かどうかの判別がつくという話でした。考古学や⽂化⼈類学におけ
る硬X線領域のXAFS研究は⽬にしたことがありますが、PEEMが⽤いられていることは知らなかったの
で新鮮でした。初⽇⼣⽅には会議主催のALS⾒学ツアーがありましたが、定員が25名程度とかなり少なく
(LBNLのシャトルバス1台分…)、事前の申し込みの早い段階で満員となっていたためあきらめることに
しました。
Oral session については、会議2⽇⽬以降も、基本的に朝2件のPlenary talkとそれに続くParallel session
の”化学寄り”の会場で講演を聴講しました。弾性/⾮弾性散乱関連のセッションでは、Karlsruhe Institute of
Technology の Constantin Wansorra ⽒による燃料電池や⽔電解セルの電極に⽤いられる LaxSr1-xFeO3-d
(LSFO)の O K端の共鳴軟X線発光分光(XES)の講演とALSのGi-Hyeok Lee⽒によるリチウムイオン
電池(LIB)正極材料のO K端 共鳴XESの講演に着⽬しました。近年、蓄電池や燃料電池などの電気化学
デバイスの研究現場でも軟X線領域の吸収分光(XAS)やXESが盛んになってきており、特に酸化物系材
料におけるO K端の測定が重要になっています。なお、現在、共鳴XESに取って代わって共鳴⾮弾性X線
散乱(RIXS)という語句が広く⽤いられていますが、多くの場合、⾮弾性散乱とは呼び難い複雑な励起構
造や弾性散乱ピークも含めた実験結果が⽰されており、厳密には共鳴XESと呼ぶ⽅がふさわしいためここ
ではあえて共鳴XESとして表記します。前者のLSFOの講演では、電解時の酸素発⽣反応に関わるFe/Sr
⽐の変化に対するFe L端XASの変化量は予想に反して⼩さく、⼀⽅でO K端共鳴XASには⼤きな変化が
⾒られたとの報告がありました。さらに、528-538 eVのO K端領域で励起光エネルギーを細かく振った共
鳴XESの強度マップが⽰され、理論的な解析を組み合わせた帰属が試みられていました。後者のLIBの講
演では、ハイニッケルと呼ばれるNiを多く含む遷移⾦属酸化物正極材料におけるO K端共鳴XESの結果
が紹介され、遷移⾦属元素を中⼼とした酸化還元反応に加えて孤⽴性O 2p軌道の酸化還元が起きているこ
とが⽰されるとともに反応の安定性も議論されました。これと関連しますが、私は 2 ⽇⽬⼣⽅の Poster
session において⾃⾝の LIB 正極材料の遷移⾦属L端共鳴XESの発表を⾏いました。実験結果に対して電
荷移動多重項計算を組み合わせることで、酸化物系の材料では遷移⾦属3d軌道とO 2p軌道間の混成と電
荷移動効果が強く、O 2p軌道も酸化還元反応に重要な役割を果たしているのに対して、リン酸化物である
LiFePO4においてはFe 3d軌道がほぼ単独で酸化還元していることを解明したという内容です。LIB電極の
電⼦状態研究においてはO K端と⽐べると遷移⾦属L端共鳴XESはほとんど⾏われていなかったのです
が、XAS に加えてXESも測定して遷移⾦属3d軌道の詳細な解析を⾏う意義をアピールできました。ALS
のGi-Hyeok Lee ⽒とも深い議論を⾏うことができました。
Operando /In situ 分光や表⾯/界⾯のセッションでも、光化学反応や様々な触媒反応などの講演がありま
した。旧知の仲であるALS Senior ScientistのJinghua Guo⽒からは、ALSにおけるIn situセルを使った⻑
年の軟X線分光研究の総括的な講演がありました。液体や気体を伴う試料系に対しても、Oなどの軽元素K
吸収端に加えて3d遷移⾦属のL吸収端を調べることの重要性が再認識できました。他にも、Ambient pressure
あるいは⼤気圧環境での光電⼦分光を使ったOperando測定の報告など、⾮常に興味深い講演が多かったで
す。”化学寄り”のOral session においては、XAS・XESに⽐べて光電⼦分光の講演が思っていたよりも多い
印象でした。軟X線領域でも液体や気体のOperando測定の難易度が⽐較的低いXAS・XESの⽅が主流と思
い込んでいましたが、近年の作動排気等を駆使した光電⼦分光測定技術の⽬覚ましい進歩を如実に表してい
ると感じました。
今回、Jinghua Guo⽒のご厚意で、現⼤阪⼤学特任教授、前KEK物構研所⻑の⼩杉信博先⽣とKEK物構
研准教授の⼤東琢治先⽣とともに、3⽇⽬の午後に個別にALSの⾒学をさせていただきました。Guo⽒の担
当する軟X線XAS・XES ビームラインはもちろん、他の全ビームラインについても説明していただきまし
た。以前 ALS を訪れていた時よりも着実に改良されているエンドステーションも多い⼀⽅で、ALS のアッ
プグレード計画(ALS-U)が当初予定よりも遅れている影響を⽬の当たりにしました。それにしても、ALS
のOperando /In situ 軟X線分光や光電⼦分光、STXMなどの顕微分光の競争⼒は依然として⾼く、技術的
な要素に加えてユーザーのアクティビティの⾼さや研究職員と技術職員の分業体制など⾒習うべき点が多い
と感じました。
5 ⽇⽬のClosing session にて、次回の ICESS-17 は 2028 年に仙台で⾏われることが発表され、東京⼤学
物性研の松⽥巌先⽣からNanoTerasu の概要や仙台のロケーションと⾒どころも含めたプレゼンテーション
が披露されました。その後、SLAC National Accelerator Laboratory (SLAC)の放射光施設Stanford Synchrotron
Radiation Lightsource (SSRL)のツアーがありました。こちらも初⽇のALSツアーと同じくらいの参加者数
だったようです。私はALSと同様にSSRLの利⽤経験も⼗分にあることから今回は参加を⾒送りました。
最後に、本出張および上述のポスター発表は科研費基盤研究C課題(25K08714)の⼀環として実施させ
ていただきました。以上で本報告を締めくくります。
2 ⽇⽬⼣⽅のポスター会場の様⼦。写真右⼿の会場中央付近にて、”Casual dinner”がサーブされた。
Closing session にて ICESS-17 のアナウンスをされる東京⼤学物性研の松⽥巌教授。3⽇⽬には朝1番⽬の
Plenary Talk も務められた。