会長あいさつ
この4月より近藤寛会長の後任として、2016-2017年度のVUV・SX高輝度光源利用者 懇談会会長を務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。物質科学は多岐にわたっており、多様な目標がありますが「物質の持つ機能性(巨視的な物性)を微視的に理解し、その知見を利用して人類の生活をより豊かにする」というところは共通しているのではないでしょうか。巨視的な物性を微視的に理解するためには「構造」と「電子状態」の2つを統一的に扱わなければいけません。これらは丁度自動車の両輪に相当し、どちらかを欠いてしまうと物質科学研究は成り立たなくなります。結晶構造の解明には主に硬X線が用いられ、特に複雑な生体物質の構造解明には高輝度でコヒーレンスの高い放射光や自由電子レーザーの硬X線が必要となってきます。それはとても重要なのですが、それだけでは不十分で、物質中の電子の波動関数を詳細に知ることこそが重要となります。物性は波動関数を構成する軌道、スピン、位相の秩序の帰結であり、原子の中心位置の周期構造とは必ずしも一致しないところに物性の面白さがあると思われます。その秩序や物性創発の立役者が、電子間相互作用、スピン間の相互作用、電子と素励起との相互作用であり、これはまさに Anderson博士がおっしゃった”More is different”の極みでもあり、物性研究には本当に奥が深いものがあると常々感 じます。また軌道、スピン、位相のダイナミクスを捉えることでより理解が深まるはずです。それらをきちんと捉えるには硬X線だけでは不十分で、真空紫外、軟X線の高輝度放射光の利用がとても重要になってきます。
さてVSX懇談会のかかげる目的は、「軟X線・真空紫外高輝度ビームラインの建設とその物性研究」です。東京大学 放射光連携機構と物性研究所が建設・運用を進めてきました東大アウトステーションSPring-8・BL07LSUは2009年後 期より共同利用が開始され、現在では開発要素を継続しつつ、本格的な利用研究が展開されています。ここでは「時間
分解分光ステーション」「3DnanoESCAステーション」「発光分光ステーション」とフリーポートで構成され、それぞ れがマシンタイムを分け合って利用されております。2016年3月1日に開催されたISSP-Workshop「SPring-8 BL07L SUの現状ーX線分光と回折の協奏」では数多くの興味深い数々の研究成果が発表されました。その中でも、特にデバイ
スの動作環境下での電子状態観測を高い空間分解能で行なう研究、(準)大気圧下における固体や固液界面の反応ダイ ナミクスの研究の進展には目を見張るものがありました。ここに共通するのは、オペランド(デバイス動作中、化学反 応中)分光で、これにより、物質科学の理解が飛躍的に進展するものと思われます。これまで超高真空下ゆえにかなり の制限が課せられていた事実から考えますと、大きな進展であると感じます。一方、東大アウトステーションはSPring -8に設置されたことから、どうしてもVUV・SXを専用とする光源を越えられない宿命があることは否めません。本懇談会では、国内で計画されている次期光源に求められる性能やそれを用いて行なっていくべきサイエンスについて深く議 論していく必要があると思われます。
私自身は、広島大学に赴任する前の1995年から4年間、物性研究所軌道放射物性研究施設に所属し、フォトンファクトリーの物性研ビームラインにて共同利用実験を支援する傍ら、当時、柏キャンパスへの第3世代放射光源設置を目的とした高輝度光源計画に参加しておりました。その一貫として、動向調査のため欧州の第3世代放射光源を1998年の1月に訪問いたしました。それを振り返りますと当時は、フランスのSOLEILの建設予算が認められたばかりで、ことを計画の推進に中心的に携わっておられたDominique Chandesris先生とPaul Morin先生が意気揚々とお話されていたことを思い出します。また、当時の高輝度光源計画のリング仕様が大変SOLEILのものに似通っているとのご指摘をいただいたことも思い出されます。イタリアELETTRAではGiorgio Margaritondo先生にお世話いただき、BESSY IIではWolfgang Guda先生にお世話をしていただきました。これら先生方が、先見の目を持ってVUV・SX専用光源の必要性を感じ、光源計画を強く推進され、さらには若手育成も重視されてこられたおかげで、これら欧州の第3世代光源では、現在安定して顕著な研究成果が数々出てきております。このことから、我々も将来を担う若手の人材育成を十分意識していかなければなりません。これにはVSX懇談会を基軸として、皆様の多大なるご声援が必要となります。私自身もコミュニティー全体の要望に沿った既設ビームラインの有効利用と新しい高輝度光源におけるビームラインの開拓に向けて、懇談会会員の皆様のご意見を汲み上げ実現させるべく、微力ですが鋭意取り組む所存です。どうぞ宜しくお願い申し上げます。