Topics of 2026 

02 「LCLS滞在記 ~軟X線XFELの最前線とFEL2026参加報告~」

高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所
放射光実験施設
総合研究大学院大学

若林大佑

投稿日:2026年10月25日
公開日:2026年11月2日

1. はじめに
 2026年4月より、高エネルギー加速器研究機構における長期海外派遣制度を利用し、米国SLAC国立加速器研究所に滞在しています。筆者はフォトンファクトリー(PF)に所属していて、主に蓄積リング型放射光施設におけるビームライン光学系の維持管理や高度化に携わってきました。昨年度には、軟X線と硬X線を同一試料位置に同時に導くビームラインの立上げにも携わり、異なるエネルギー領域のX線を組み合わせた新しい実験手法の開発に取り組んでいます。このような背景から、高輝度光源の将来動向や新たな利用可能性について知見を深めることを目的として、SLACに滞在する機会をいただきました。
 滞在先であるLinac Coherent Light Source(LCLS)は、世界を代表するX線自由電子レーザー(XFEL)施設の一つです。一方で、筆者自身はこれまで主に放射光施設を活動の場としてきたため、XFELを専門として研究してきたわけではありません。その意味では、利用者という立場だけでなく、放射光ビームラインの運営や高度化に携わる立場からLCLSを見ることができたことは、非常に貴重な経験であると感じています。また、滞在期間中には自由電子レーザー分野の国際会議であるFEL2026に参加する機会にも恵まれました。本稿では、LCLS滞在を通じて見聞きした施設の現状、特に軟X線ビームラインにおける最近の取り組みや、FEL2026に参加して感じたことについて紹介したいと思います。

2. LCLSの概要
 LCLSでは、約1 kmに及ぶ線形加速器で電子を加速し、アンジュレータを通過させることで、高輝度かつ高い空間コヒーレンスを有するX線パルスを発生します。このような特性を活かし、フェムト秒スケールで進行する超高速現象や物質中の非平衡ダイナミクスの研究に広く利用されています。LCLSは2009年に世界で初めて硬X線領域でのレーザー発振に成功したXFEL施設であり、XFEL研究の先駆けと呼べる施設です。現在もXFEL科学を牽引する施設の一つとして、多様な利用研究や光源開発が進められています。
 LCLSには軟X線用と硬X線用の二つのアンジュレータ系が設置されており、線形加速器から供給される電子ビームを振り分けることで、軟X線ビームラインと硬X線ビームラインを同時に運転することが可能となっています(図1)。また、硬X線領域ではダイヤモンド結晶を用いたビームスプリッターによって一つのXFELビームを複数の実験ステーションへ分配できるよう工夫されています。蓄積リング型放射光施設では多数のビームラインを同時に運用できる一方、XFELでは一つの電子ビームから生成されるレーザー光を利用するため、同時に利用できる実験ステーション数が本質的に限られます。LCLSで採用されている電子ビームの振り分けやビーム分配技術は、この制約を緩和するための重要な取り組みと言えます。その一方で、同時に運転する際には、エネルギーやパルス強度、周波数などに制約が生じるため、利用者の要求を調整しながら最適な運転条件を決定する必要があります。ビームタイムの配分や運転条件の調整は施設運営上の大きな課題の一つであることがうかがえました。
 近年のLCLSにおける最大の変化が、LCLS-II計画による高繰り返し化です。従来のLCLSでは常伝導線形加速器を利用し、XFELパルスの繰り返し周波数は最大120 Hzでした。これに対してLCLS-IIでは超伝導加速空洞を用いた新たな電子加速器が建設され、MHz級の高繰り返し運転を目指したアップグレードが進められています。2023年からは、軟X線ビームラインにおいて最大33 kHzでの利用運転が既に開始されています。さらに現在は、高繰り返し運転を硬X線領域へ拡張するLCLS-II-HE計画が進められています。滞在期間中はちょうどLCLS-II-HEへの移行作業が進んでいる時期にあたり、残念ながら高繰り返し実験を直接見る機会はありませんでした(滞在期間中は全て常伝導加速器による運転のみ)。しかしその一方で、光学系の更新、制御システムや検出器の開発、新たなサイエンスケースの検討など、高繰り返し運転の実現に向けた準備が施設全体で非常に活発に行われている様子を目にすることができています。単に光源性能が向上するだけでなく、測定手法やデータ取得・解析、さらには実験の進め方そのものが変化しようとしていることを感じます。

3. LCLSにおける軟X線ビームラインの動向
 LCLSの軟X線アンジュレータには、TMO(Time-resolved AMO)、qRIXS・chemRIXS、TXI(Tender X-ray Imaging)の3種類の実験ステーションが接続されています[1]。それぞれ対象とするサイエンスや実験手法が大きく異なっていて、LCLS-IIによる高繰り返し化の恩恵を活かした様々な取り組みが進められています。
 TMOは、原子・分子・光科学(AMO)を対象としたビームラインで、主としてガス相試料を用いた超高速ダイナミクス研究が行われています。電子分光やReaction Microscope(COLTRIMS)を用いた実験を特長としていて、近年ではアト秒領域の電子ダイナミクス研究が活発に進められています。特に、最近では、加速器側で時間差を付けた二つの電子バンチから、異なるエネルギーのXFELパルスを発生させることで、二色のX線パルスを用いたポンプ・プローブ実験が実現されています[2]。FEL2026においてもアト秒科学や二色パルス利用に関する発表が数多くみられ、TMOコミュニティにおける重要な研究テーマとなっていることがうかがえました。
 一方、qRIXSおよびchemRIXSは、軟X線共鳴非弾性散乱(RIXS)を中心とした分光実験ステーションです(図2)。qRIXSでは量子材料や磁性体、超伝導体などを対象とした固体物性研究が行われていて、chemRIXSでは液体ジェット試料を利用した触媒反応や溶液化学の研究が進められています。いずれも高いエネルギー分解能を特長としていて、電子状態や励起状態を元素選択的に観測できる点が大きな魅力になっています。
 また、軟X線ビームライン群にはTXIと呼ばれる実験ステーションも整備されています。TXIは、軟X線と硬X線の両方を利用できる特徴的なビームラインで、筆者がPFで進めている軟X線・硬X線同時利用ビームラインとも共通するコンセプトを有していることから、個人的にも大きな興味を持っていました。しかし、滞在期間中は企業利用が中心となっていて、詳細な情報に触れる機会は限られていました。XFELを用いた先端計測技術が半導体分野などの産業界からも大きな関心を集めていることを実感しました。
 LCLS-IIによる高繰り返し化は、信号強度の弱い実験や高い統計精度を必要とする実験に大きな恩恵をもたらします。例えばchemRIXSでは、液体ジェットによって常に新鮮な試料を測定位置へ供給することができるため、高繰り返しXFELを活かした効率的なデータ取得が実証されています[3]。また、TMOで行われる電子分光やReaction Microscope実験では、一つ一つの光吸収イベントを精密に解析するため反応確率を低く抑えて測定する必要があるため、高繰り返し化による統計精度の向上は実験効率に直結する重要な要素となっています。
  一方で、高繰り返し化に伴うデータ量の増大は大きな課題となります。例えば、硬X線ビームラインXPP(X-ray Pump Probe)で行われている実験では、ショットごとの補正を行う必要があるために、120 Hz運転であっても一回の測定でTB級のデータが生成されることが珍しくありません。今後、高繰り返し運転が本格化すれば、データ保存や解析の方法そのものを見直す必要があります。実際にLCLSでは、例えば二次元検出器の生データに加えて関心領域の積算値などをSmall dataとして同時に保存し、オンライン解析や迅速なデータ選別を可能にする仕組みが整備されています。FEL2026でもデータ処理基盤や機械学習を活用した解析手法に関する発表が数多く見られ、研究者の関心は単なる光源性能の向上だけでなく、得られた膨大なデータをいかに効率的に扱うかにも向けられているように感じました。

4. FEL2026参加報告
 2026年8月23日から28日にかけて、Stanford UniversityのLi Ka Shing CenterにおいてFEL2026が開催されました(図3)。その名の通りFEL分野を代表する国際会議の一つであり、今回で42回目を迎えます。加速器や光源技術の研究者を中心に、利用者コミュニティ含めて200名を超える多数の参加者が集まり、世界各地のFEL施設における最新の成果が報告されました。会議はシングルセッション形式で進行し、加速器技術、ビーム診断技術、光源開発、利用研究など多岐にわたる発表が行われました。発表予稿や一部の発表資料は、ウェブサイトで読むことができます[4]。
 筆者はXFEL分野の会議に参加するのは初めてでしたが、その中でも特に印象に残ったのが「アト秒科学」と「Cavity-based XFEL」の二つのです。いずれもXFELの性能限界に挑戦する研究であり、現在のFELコミュニティにおける大きな潮流を感じることができました。
 近年のXFEL開発では、フェムト秒領域の時間分解測定からさらに短いアト秒領域へと研究の中心が移りつつあります。アト秒パルス生成そのものは既に実証段階を超えつつあり、現在ではそれを利用してどのようなサイエンスを実現するかが重要なテーマとなっているように感じられました。特にLCLS-IIでは、高繰り返し運転と組み合わせたアト秒科学の実現が目指されていて、電子運動や超高速な電荷移動を直接観測する研究が進められています。会議初日に行われたSACLAの田中隆次氏による”Toward zeptosecond FELs”と題した講演(FEL prize talksの一つ)は、その流れを象徴するものでした。アト秒をさらに超えるゼプト秒領域を見据えた議論が行われており、XFELコミュニティがより短い時間スケールの観測を目指して挑戦を続けていることを実感しました。
 もう一つ印象的だったのが、Cavity-based XFELに関する研究です。現在主流となっているSASE方式のXFELは極めて高いピーク輝度を実現している一方で、ショットごとの揺らぎやスペクトル特性の面では理想的なレーザーとは言い難い側面も残されています。これに対しCavity-based XFELでは、ダイヤモンド結晶を利用したX線共振器によって発生したX線を再びアンジュレータに戻し、後続の電子ビームに対するシード光として利用します。これにより、通常のレーザーに近い発振機構をX線領域で実現し、高い時間コヒーレンスと優れた安定性を有する光源を目指しています。LCLSでも実証試験が進められていて[5]、幸運にもFEL2026終了後に関連実験へ参加する機会をいただきました。最上流で生成されたX線パルスが共振器内を何十回も巡ってアンジュレータを繰り返し通過する様子や、下流の実験ステーションで遅れて到着する共振器内のパルスを確認できたことは、大変印象的な経験でした。現在はまだ開発段階ではあるものの、将来的なXFEL-O(X-ray FEL Oscillator)実現に向けた重要な一歩であると感じました。
 FEL2026を通して特に印象的だったのは、「アト秒科学」が時間分解能の極限を目指す取り組みであるのに対して、「Cavity-based XFEL」が光源品質とスペクトル純度の極限を目指す取り組みであるという点です。時間幅とスペクトル幅の間には不確定性原理に由来するトレードオフが存在します。二つの対照的な方向性の要求がXFEL研究を強く牽引していることを実感しました。XFEL分野は、単なる高輝度化の段階を超え、時間幅・スペクトル幅・繰り返し周波数といった異なる性能指標の極限を追求する時代へ入りつつあることを感じました。

謝辞
本滞在は、KEKの長期海外派遣制度の支援を受けて実施しています。このような貴重な機会を与えてくださった関係者の皆様に深く感謝いたします。また、滞在中に多くの議論や助言をいただいているSLACおよびLCLSの皆様、ならびにFEL2026の運営関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。

引用文献
[1] https://lcls.slac.stanford.edu/instruments
[2] Z. Guo et al., Experimental demonstration of attosecond pump–probe spectroscopy with an X-ray free-electron laser,Nat. Photonics,18,691 (2024).
[3] D. J. Hoffman et al., The chemRIXS instrument for solution-phase resonant inelastic x-ray scattering at the linac coherent light source,Rev. Sci. Instrum.,97,083003 (2026).
[4] https://indico.jacow.org/event/107/
[5] P. Liu et al., X-ray optics for the cavity-based X-ray free-electron laser,J. Synch. Rad.,31,751 (2024).

図1:アンジュレータホールの様子。硬X線用(右)と軟X線用(左)の二つのアンジュレータ列が並んで設置されている。硬X線用アンジュレータは後段でのビーム分岐に適した偏光を得るため、軟X線用とは磁石配列の向きが90°異なっている。

図2:RIXSビームラインの様子。qRIXS(右手/上流)とchemRIXS(左手/下流)の二つの測定チャンバーを備えている。

図3:会期中のSan Franciscoディナークルーズで撮影した夕焼けの金門橋。