施設長あいさつ
東京大学物性研究所 軌道放射物性研究施設施設長 原田慈久
辛埴前施設長の後を継いで、昨年度より軌道放射物性研究施設(SOR施設)を牽引する役目を負いました。日本の放射光で最も歴史あるSOR施設がVUV・SXコミュニティに対して果たすべき役割を認識しつつ、放射光の価値を再認識する大きな流れの中で、我々自身がアップデートしてゆかなければならないという現実にも目を背けず、皆さまのサポートを励みに、着実に前に進んでゆきたいと思います。
昨年より東北大青葉山新キャンパス内に建設が進む3GeVの次世代放射光施設は、VUV・SXコミュニティの四半世紀来の悲願であったVUV・SX領域(そしてテンダーX線領域)に強みのある高輝度放射光源です。整備・運営主体として量子科学技術研究開発機構(QST)が選ばれ、一般財団法人 光科学イノベーションセンター、宮城県、仙台市、東北経済連合会、東北大学との「官民地域パートナーシップ」という全く新しい枠組みの中で建設が進められています。そのコンセプトは、社会のニーズを理解しながら、放射光分析の利用価値をこれまで放射光に関わったことのない人(例えば産業界)でも分かる形で示すこと、これまで常識的には困難であると思われていた使い方にも壁を設けずに新たな利用形態を模索すること、これらの活動を通じて新たな学問分野を作り出してゆくことにあると理解しています。当然ですが、このコンセプトの前提として、最先端の放射光分析の技術開発を行うことが含まれています。これが日本の今後目指してゆくべき方向であることは間違いなく、おそらくは世界のトレンドにもなってゆくだろうと思います。しかし言うは易しで、雨宮慶幸元東大放射光連携研究機構長の言葉を借りれば、研究者というのは元来Curiosity drivenな存在であって、その対象は社会のニーズと必ずしもマッチするとは限りません。外に根を張る活動だけでは息苦しくなってしまい、次の新しい研究分野の芽が出る前に枯れてしまうものも出てくるでしょう。必ずしも社会のニーズに応えるとは限らないCuriosity drivenな研究テーマや手法開発も一定割合存在することによって、そのバランスが栄養源となって若手が育ち、全体が活性化し、より外に向かって太い根を張るのだと信じています。その栄養源が、放射光そのものを必要とするのか、放射光の周辺で展開して、放射光の効果的利用に繋げる形をとるのかはわかりませんが、そういった最適化も含めて、次世代放射光施設は様々な試みをする場になるだろうと想像しています。
SOR施設はこれまで、世界初の放射光専用光源施設SORリングに始まり、Photon Facotryの物性研ビームラインBL18, 19の運用、そして高輝度光源計画と中止という苦節を乗り越え、SPring-8 BL07LSUの東大放射光アウトステ―ションへと渡り歩いて全国共同利用・共同研究を展開し、その時々の世界最先端の分析技術の開発と利用に努めて参りました。東大放射光アウトステーションは昨年10周年を迎え、新たな分析手法を開拓する時期は過ぎました。このタイミングでVUV・SX領域に強みのある次世代放射光が現実のものになって、SOR施設も次の10年、20年の計画を練る段階に来ました。SPring-8で時間分解分光、オペランド分光、顕微分光が芽吹き、非弾性回折などの次世代への種もすでに撒かれていて、光源がアップデートすれば大きく育ち花開く様々な技術があります。しかしそれにとどまらず、今後はイメージングとの融合に伴うデータ爆発に備えたAI・機械学習の取り込み、光のコヒーレンスの積極的利用、そして他の国内放射光やSACLAなどのXFEL施設と連携した技術開発など、新たな利用技術も模索する必要があるでしょう。これらの活動を通じて、冒頭に述べた「放射光の価値を再認識する」流れに沿いつつ、今後も世界と比肩するVUV・SX領域の放射光科学を牽引する役目を担う覚悟です。
そして今こそ、VUV・SXコミュニティの皆さんと、VUV・SXの「価値」と次世代放射光への関わりについて積極的に議論し、共に成長してゆく関係性を築いてゆきたいと願っています。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。